第3章 よろこびが源(わ)く人・億万長者とは      

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第3章よろこびが源(わ)く人・億万長者とは

第3章よろこびが源(わ)く人・億万長者とは

どんなに素晴らしい料理やご馳走、どんなに素晴らしい宝石や衣装、どんなに便利で快適な住まいよりも人をよろこばすことが出来るものは、人の内から(わ)き上がってくるよろこびの姿、これに勝るものはないのです。言葉は要らない、ただそこに居るだけで、その笑顔を人に見せるだけで人の心を和ませ、励まし、よろこびと感謝の気持ちを表したくなる人になる。これこそ正に億万長者の人の姿なのです。その(わ)いて(にじ)み出てくるよろこびの姿は、「自分がない人」でなくては表現出来ないものなのです。
どんな生きざまの人でも、「頭を取る修行」に参加し「我執」を取ることで、よろこびが(わ)き上がってくる人になれるのです。これが第一歩なのです。そして、人生の最後を飾る最高のものもこのよろこびが(わ)き上がってくる人の姿そのものなのです。よろこびが(わ)き上がってくる人であること、これこそ億万長者の命なのです。

子供は、母親の優しい、温かい心に包まれ、母親の胸で温かいぬくもりに抱かれることによって「よろこび」を体験し、生涯、「よろこび」を忘れることのない人になることが出来るのです。しかし、殆どの子供たちが、母親の優しい、温かい心に包まれることもなく、母親の胸で温かいぬくもりに抱かれる「よろこび」を体験することもなく子供時代を過ごしてしまう現実があります。それは、母親の首から下の無意識の観(おも)いがマイナスになっているために「よろこび」が源(わ)いていないからなのです。
有島武郎の
童話「一房の葡萄」の先生によろこびの人の姿が良く描かれています)

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