第5章 天災、人災を必要としない人になる        

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第5章 天災、人災を必要としない人になる

第5章 天災、人災を必要としない人になる(続)

近年益々、天災、人災による被害が拡大していく傾向にあると思われる。天災の原因の1つは、地球の温暖化にあると考える人もある。また、地殻変動の周期的なものによるとの報告もある。他方、別の考え方として、宗教的見地からの見方もある。

『天』は、「地球環境は人間環境である」を示しています

この地上に住む人間の首から下の無意識の「(おも)い」がマイナス=イライラ、苦しみなどが多ければ多いほど「地球環境」は悪化を増していくと言われています。

『天』は、「人間の使命とは、①出会った家の5代前の先祖の生きざま・死にざまの大掃除 ②自分自身の人間生命体の完成 ③子孫の繁栄(人類救済)を示しています。

人間の使命①「出会った家の5代前の先祖の生きざま・死にざまの大掃除」を考えてみると、銃乱射、殺人、難民の増加、国家間・国内での紛争など、人間の「生きざま」は悪化の傾向をたどり、その結果、必然的に大規模自然災害を招くことになっているのです。このままの状態を続けていけば、「地球環境」は壊滅的な状態になってしまうのではないでしょうか?河川の護岸工事など、国土強靭化を進めるだけでは、とても対応しきれるとは思われません。

この状態を転換出来る方法は,、「頭を取る修行」に参加し、よろこびが源き上がって来る人になり、「自分以外の人のために自分を使う人」になることで「問題を必要としない自分」になるしか方法がないと私は思っているのです。

 

第5章 天災、人災を必要としない人になる(続)

さて、『天』は「自分以外の人のために生きることが出来れば、問題を必要としない自分になれる」を示しています。
自分以外の人のために生きることが出来れば、天災、人災を必要としない人になれる」のです。

「人災」の実例についてお話します。
「いじめ」に出会う人と出会わない人があります。
「よろこびが源(わ)いている人」と「いじめの人」とでは、「(おも)い」の波動が違うためにお互いに引き合わない。従って、「よろこびが源(わ)いている人」は「いじめ」に出会わないか、もしくは出会ってもすれ違ってしまうのです。

「天災」の実例についてお話します。
実例1.東日本大震災の時、私の知人のお子様とお友達一人が海岸から歩いて15分ほどの所にいて津波が押し寄せたとき、その家はどうなったか?

結果として津波は、家の玄関先1メートルの所まで来たのみで、家は全く被災せず、二人無事でした。私の知人とは、第3救済慈喜徳会の方で、お子様の母親です。[親と子には、(おも)いで繋がっている特別な関係があるのです] 徳のある方には、この様なことが実際に起こるです。

実例2.阪神・淡路大震災の時、被災地に居られた方に聞きました。
「直下型の地震でしたからすごい揺れでした。揺れが一時収まったとき、机上に残してきた大事な書類のことを思い出して二階に上がってみました。すると、散乱して滅茶苦茶になっていると思っていた書類は、机上に整然とあり、しかも1ミリメートルも動いていませんでした。驚きました」と言っていました。「徳」のある方は、このようなことがよくあるのです。

実例3.鹿児島在住の方に聞きました。
「鹿児島は台風がよくやって来ます。ですが、私の家は、周辺で台風に遭っているときでも台風が避けて行くので、台風の被害に遭ったことがありません」と言っていました。「徳」のある方の所は、台風が避けて行くのです。

ですから、皆さんが、「頭を取り」、首から下の「(おも)い」は、よろこびが源き上がってくる人になり、「自分以外の人のために生きる」ことで、「天災、人災を必要としない人」になれるのです。

ここで、「天の見方」と「人間の見方」の違いについてお話します。
東日本大震災で大津波が押し寄せた時、人に迷惑もかけず、あんなに真面目で一所懸命に働く人を「天」はなぜ救ってくれなかったのだろう!と思われた方もいらっしゃるとおもいます。

「天の見方」と「人間の見方」の大きな違いは、「天」が「自分以外の人のために自分を使う人でなければ救う人に入らない」と思っていることです。ですから、「自分以外の人のために自分を使う人」でなければ、必然的に天災、人災に遭ってしまうのです。


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